思い出そう!「戦争記述」

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 閑話「集団死」に思う!

      「終戦記念日」


     <忘れまじ!6・23「慰霊の日」


 住民の証言は重みがある。日本軍による「集団死」の事実は否定できない。沖縄県・糸満市摩文仁(まぶに)にある「平和祈念資料館」館長・宮城 智子氏の意見に私も同感である。

 今年の「慰霊の日」を前にこの事実が曲げられようとしていた。今年度の「教科書検定」で「日本軍による集団自決の強制」と云う記述が削除された事に、「事実に反する」として沖縄各地の市町村議会や県議会にて「検定の撤回」が可決された。

 どうも、「タカ派の安部首相」の考えは一向に理解出来ない。


 沖縄の日本軍は、1944年11月「軍官民共生死の一本化」の方針を出し、本土決戦の時間稼ぎのため「鬼畜米軍」を出来るだけ長く足止めする作戦を執った。その為「沖縄の一般国民」は「捨て石」とされ、陣地の構築や戦闘にも根こそぎ「沖縄戦」に動員、そうした「異常な状態」での集団自決であり「日本軍無関係」と云うのは、やはりおかしい。

 「集団自決」が主に起きたのは、米軍が最初に上陸した「慶良間諸島」で、犠牲者は700人と記述され、この「三ヶ月の沖縄戦」での犠牲者は20万人を越えると教科書か何かで学んだ記憶がある。

 戦後、「集団自決」が日本軍に強いられたものである事は、疑いようの無い事実であろうと思慮する。その証拠に、「集団自決」を謀った時の傷跡が残る人の写真や、まして、軍人でない「女性や子どもや老人」が責任を取る事は有り得ないし、「投降者は銃殺」などの恫喝一つを看ても、「日本軍の強制」が「揺ぎ無い事実」である事は疑う余地がない。

 安部首相の「天皇崇拝」は、「戊辰戦争」以来の家訓であろう。が、重要な証言を無視して「教科書の記述」を変更する事は許されない。 歴史とは、先、米国の下院議会でも問題視された「慰安婦強制連行」と云い、個人的な考えにてその史実が変更される事は有ってはならないと考える。

 史実を直視し、過去を教訓とする事こそ現代に生きる「人間」として大切な事であり、決して「忘れてはならない」大事と思う。


 この首相の「改憲論」(集団的自衛権・九条)には、国民投票が三年後「法整備」されても、従う意志を持たない多くの国民のいる事を知らしめたいと考える。


 ☆八月の仏声人語・・・「命」を大切にしょう!


    <コラムへの誘い>

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by srd52834 | 2007-08-14 13:00 | 「現代社会を考える」→時事
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