聖職の受難

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「現代社会を考える」→時事

        「聖職」の受難


 最近、「教職員組合」の活動にも一時の「はげしさ」が感じられない。そして、「学生運動」もこれまたしかり、我々の時代のような「盛りあがり」もなく、今流の「先生」や「学生」は、おとなしすぎると感じられる。

 
 「コース」選びの探りあいと評される「習熟度別授業」、「地域社会の崩壊」に伴う信頼感の薄れ、「先生の懲戒免職増加」、「学力テストの能力低下」、「教職人の資質」、「保護者の資質」「性教育の難しさ」それぞれに問題は、何時の世に於いても同じであるが、「環境の違い」は、考えなければならないだろう。

 例えば、「習熟度授業」について云えば、「解り易い」だが、上下意識が芽生えると云い、「人を人と思わない風潮」が主流と成りつつある。競争は、如何なる世界にも、人類誕生以来続く「生きる術」である。昨年、「皇族問題」として、現「皇太子」の記者会見が新聞を賑わせ、「皇室典範」が政府の「諮問機関」にて改定を論議されようとする今、「競争の原理」にて戦ち残り、統治に成功した者の「戦利品」それが、「現代社会」である。この「競争原理」は、世界の「常道」として、はてしなく「続く」ものである事を、須らく人類は受け入れなければならない。

 一時、「運動会の成績はつけない。」を良しとする風潮あれば、また一方では「入試はなくし、卒業を難しく」等あまりにも「一部の見識者」によって多面的に考え過ぎた傾向は否めない。


 「聖職の受難」は、現在「最大の危機」と表してもおかしくない時代である。大半の先生が、睡眠時間をけずり「生徒」の為に努力して頂いているが、一番大切な「家庭でのしつけ」に保護者の考えに「変化」が生じない限り「先生の受難」は続くであろう。


 最後に、最近の「教職」の「みっともない」話し方をTVで見かける事が多く、非常に気に掛かるのだが・・・?何でもかんでも「疑問文に」にするな!と云いたい。

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by srd52834 | 2005-01-06 14:40 | 「現代社会を考える」→時事
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